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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)5113号 判決

原告

道場博

ほか四名

被告

浅野耕次

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告道場博に対し、金二九五八万五五九七円及びこれに対する平成七年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告道場かおり、同道場奈緒美、同道場健恵及び同道場隼人に対し、各金七三九万六三九九円及び右各金員に対する平成七年一一月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が運転する普通乗用自動車が原告らの被相続人道場知子運転の普通貨物自動車に衝突して同人を死亡させた事故につき、原告らが被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠により比較的容易に認められる事実

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年一一月一三日

場所 大阪府豊能郡能勢町吉野一二一番地の一先路上

事故車両一 普通乗用自動車(大阪五〇ち一三三四)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告

事故車両二 普通貨物自動車(京都四一え九四〇一)(以下「知子車両」という。)

右運転者 道場知子(以下「知子」という。)

態様 被告車両が、知子車両と衝突したもの。

2  知子の死亡・相続

本件事故の結果、知子は、平成七年一一月一三日午後六時一八分ころ、死亡した(乙二1、弁論の全趣旨)。

知子の死亡当時、原告道場博は知子の夫、同道場かおり、同道場奈緒美、同道場健恵及び同道場隼人は知子の子であった(原告道場博本人)。

3  損害の填補

被告車両に付されていた自動車損害賠償責任保険に基づき、平成八年三月二九日、二一一六万一〇三六円が原告らに支払われた。

二  争点

1  被告の過失の有無

(原告らの主張)

本件事故は、被告車両がセンターラインを越え、知子車両と衝突したものである。被告には、前方を注視すべき義務、法定速度を守るべき義務、必要已むを得ない場合以外は対向車線を走行してはならない義務に違反した過失がある。

(被告の主張)

本件事故は、知子の走行車線上で起きたものであるが、本件事故の原因は、知子車両のセンターラインオーバーにある。すなわち、知子車両がセンターラインを越え、被告車両の走行車線上に入ってきたので、被告は衝突を避けるために、急制動を行うとともに反対車線に逃れたところ、再度知子車両が被告車両の走行車線から本来の自らの走行車線に戻ってきたため、知子の走行車線上で両車が衝突したものである。したがって、被告には、何ら過失はない。

2  損害額

(原告らの主張)

(一) 逸失利益 四二六四万四三七四円

(計算式) 3,455,700×(1-0.3)×17.629=42,644,374

(二) 慰謝料

原告道場博 一〇〇〇万円

その余の原告ら 各五〇〇万円

(三) 葬儀費用 一二〇万円

(四) 弁護士費用 五〇〇万円

(五) 遅延損害金 一四八万七八五五円

ただし、右(一)ないし(四)の合計七八八四万四三七四円に対する平成七年一一月一三日から平成八年三月二九日まで(一三八日間)民法所定の年五分の割合による遅延損害金として。

(被告の主張)

否認ないし不知。

3  過失相殺

(被告の主張)

前記のとおり、本件事故の原因は、知子車両のセンターラインオーバーにあるのであるから、原告側には一〇〇パーセントに近い過失相殺事由がある。

(原告らの主張)

知子車両がセンターラインを越え、その後自己の走行車線に戻ったという事実はない。仮に、右事実が存したとしても、被告が法定速度を守っていたら、本件のような重大な事故にはなっていなかったであろうし、また、急停止ないし左に回避することにより衝突を避けることができた。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様(争点1及び3について)

1  前記争いのない事実及び証拠(乙一1ないし4、三1ないし4、四1ないし4、証人溝口尚、同納富正美、被告本人)によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪府豊能郡能勢町吉野一二一番地の一先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場の道路は、車道の幅員が約六・七メートル(北から南に向かう走行車線は幅約三・二メートル、南から北に向かう走行車線は幅約三・五メートル)の直線道路であり、前方の見通しはよく、追い越しのための右側部分はみ出し通行禁止の規制がなされ、制限速度は時速四〇キロメートルと指定されていた。本件事故当時、右道路の路面は乾燥していた。被告車両及び知子車両の幅はいずれも一三九センチメートルである。

被告は、本件事故当時、被告車両を運転して右道路を北から南に向かって走行中(時速四〇キロメートル程度は出ていたと認められるが、これを超える速度であったかどうかは判然としない。)、南から北に向かって対向車線を走行中の知子車両(後記のとおり、時速二八キロメートル程度は出ていたと認められる。)を確認した。この時の被告車両の位置は別紙図面〈ア〉地点であり、知子車両の位置は同図面〈1〉地点であった。そして、被告は、被告車両が同図面〈イ〉地点に達したとき、知子車両がセンターラインを約九〇センチメートル越えて同図面〈2〉地点にきているのに気付き、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを右に切り、対向車線に出て、衝突を回避しようとした。ところが、知子車両も本来の自己の走行車線に戻ったため、同図面〈×〉地点において被告車両と知子車両が衝突した。右衝突時の被告車両の位置は同図面〈ウ〉地点であり、知子車両の位置は同図面〈3〉地点であった。知子車両のウインカーは点灯していなかった。

同図面〈ア〉地点と同図面〈イ〉地点との距離は約四二・一メートル、同図面〈1〉地点と同図面〈2〉地点との距離は約二九・一メートル、同図面〈イ〉地点と同図面〈2〉地点との距離は約三七・九メートル、同図面〈イ〉地点と同図画〈ウ〉地点との距離は約二二・五メートル、同図面〈2〉地点と同図面〈3〉地点との距離は約一五・四メートルである。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故のそもそもの原因は、知子車両がセンターラインを越えて走行したことにあるといわざるを得ない。

原告らは、被告が前方を注視すべき義務、法定速度を守るべき義務、必要已むを得ない場合以外は対向車線を走行してはならない義務を怠ったと主張するが、センターラインを越えて走行することは極めて危険な行為であるから、このような事情の下で、被告に過失を認めることができるのは、被告が前方不注視のために知子車両を発見することが遅れたとか、急停止ないし左に回避すること等により容易に衝突を避けることができたにもかかわらず、これを怠ったような場合に限られるというべきである。

そこで、右の観点から、被告の過失の有無を判断するに、まず、被告が前方の注視を怠り、そのために知子車両がセンターラインをオーバーしていることの発見が遅れたことを認めるに足りる証拠はなく、同様に被告が法定速度を超えて走行していたことについてもこれを認めるに足りる証拠はない。この点、原告らは、被告が制限速度である時速四〇キロメートルを遵守していれば、このような重大な車両の破損はなかったであろうし、急停止ないし左に回避することにより衝突は避けられていたはずであるとの主張をする。しかしながら、本件事故の態様が正面衝突であること、車両の具体的な制動距離は車両の種類・構造やブレーキ時のハンドル操作如何によっても変わってくるものであるところ、被告は急ブレーキをかけながらハンドルを右に切る操作をしていたことにかんがみると、知子車両や被告車両の損傷の程度(乙三1ないし4)や別紙図面〈イ〉地点と同図面〈ウ〉地点との距離が約二二・五メートルあることを考慮しても、被告の制限速度違反の事実を推認するのに十分とはいえず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

次に、被告が急停止することにより容易に衝突を避けることができたにもかかわらず、これを怠ったのかどうかについて検討する。前認定のとおり、被告車両の走行速度は時速四〇キロメートル程度は出ていたと認められるところ、被告車両が別紙図面〈ア〉地点から同図面〈イ〉地点まで約四二・一メートル進む間に、知子車両は同図面〈1〉地点から同図面〈2〉地点まで約二九・一メートル進んだことになるから、知子車両の走行速度は二八キロメートル程度は出ていたと推認される。同図面〈イ〉地点と同図面〈2〉地点との距離は約三七・九メートルであるから、被告車両と知子車両の右走行速度を前提とすると、被告が遅滞なく制動をすれば、容易に衝突を回避することができたはずであると認めるには不十分であり、これを認めるに足りる証拠はない。

さらに、被告が左に回避することによって容易に衝突を避けることができたにもかかわらず、これを怠ったのかどうかにつき検討する。この点、原告らは、仮に知子車両がセンターラインを九〇センチメートル越えて走行していたとしても、被告の進行方向には車道のみでも二・三メートル幅の余りがあり、さらに歩道部分を含めると五メートル幅のゆとりがあるから、被告は左側にハンドルを切ることによって本件事故を回避することができたのであり、また、緊急避難的に給油所の出入口から避難することができたはずであると主張する。確かに、被告の走行車線は幅約三・二メートル、被告車両の幅は一三九センチメートルであるから、知子車両がセンターラインを約九〇センチメートル越えていても、それ以上に越えることがないと仮定すれば、被告車両は自車線内の左側に進路を変更することによって、衝突を回避することができたことになる。しかし、右の立論はいわば結果論といわざるを得ない。すなわち、仮に、知子車両がセンターラインを越えて走行したのが軽度の脇見運転等を原因とするものであれば、知子車両は被告車両に気付き、本来の自車線に戻る可能性もある。逆に、知子車両の右のような走行原因が居眠りや著しい脇見運転等によるものであれば、被告車両が左に避けたとしても、さらにその避けた方向に向かって知子車両が寄ってくる可能性も高い。被告としては、知子車両がセンターラインを越えて走行している原因がいかなるものであるかについて知りようはないから、被告に対し、知子車両のその後の進行方向を的確に予測すべしと期待することはできない。したがって、このような状況のもとで、被告にあくまで自車線内の左側に回避するべきであるとの法的な義務を課するのは、相当ではない。また、右の点に加え、別紙図面の横川石油店出光給油所前の歩道と記載されている部分の車道と歩道との間には縁石が設置されていること(乙四2、検乙一3)、同図面〈イ〉地点から給油所の出入口を通過して回避するためにはかなり急激なハンドルを切らなければならないこと(乙四2)、同図面の横川石油店出光給油所前の歩道と記載されている部分の東側には給油所の店員が立っていたこと(乙四4)を考慮すると、被告が進行方向の左側の歩道部分や給油所に容易に避難することができたはずであるということもできない。以上述べたとおり、被告としては、前認定のような知子車両を認めた場合、どのような方法で衝突を回避すべきかという問題について極めて困難な選択を強いられる局面に置かれたといわざるを得ないのであって、対向車線に回避すべきではなく、あくまでも進行方向に向かって左側に回避すべきであったというような法的な義務を認めることはできない。

よって、被告に過失が存したと認めるには足りないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

二  結論

以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

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